今日は呉服屋の日々の営業について書かせて頂きます。
ただあくまで私が働いてた会社で体験した話ですので、全ての呉服屋に当てはまる話ではないですのでご了承下さい。
私が勤めていた会社では大きく分けて2つ、『成人式の振袖』と『その他の着物』を扱っていました。
『振袖』と『その他の着物』では営業方法が変わるので今回は『成人式の振袖以外の着物』の営業のことでお話しします。
ちなみに会社の売上比率でいえば、振袖が30%、その他の着物が70%の比率です。
1、売上の大部分は展示販売会で稼ぐ
私が所属していたのは、ショッピングセンターに店舗を出している会社でしたが、日々の来店客数は0人〜10人くらいでした。イオンなど大きなショッピングセンターに入っている店舗は1日5〜10人くらい、中小規模のショッピングセンターに入っている店舗は0〜2、3人といったところです。
お客様はなかなか来ません。なので店舗で着物が売れることはほとんど無いのです。
着物の平均単価は約40万です。そりゃいきなり買いませんよね。
だから毎月2回ほど展示販売会を行い、その時に商品を増やしたり、着物の作家さんに販売応援に来てもらったりと色々な仕掛けを作って、非日常な特別な空間を演出してそこで着物を購入してもらいます。
その展示会も2種類あります。『店舗での展示販売会』『外部の展示販売会』です。
その展示会で毎月の売上の80%ほどを稼がないといけないので、日々の営業は展示販売会への集客、勧誘営業がメインです。
ショッピングセンターに入っている自分の店舗で開く展示販売会です。
勧誘方法は主に電話。対象客層は以前に店舗で小物(1000円〜10000円くらいの和装小物)やお着物のクリーニングを利用してくれたお客様など、まだ高額な着物を買ってもらっていない比較的新規のお客様です。
着物の展示会は、こちらから勧誘しないと誰も来てくれません。DMを送っただけや、ホームページで告知しただけでは誰も来ません。なので電話でひたすら勧誘します。
電話でも『着物の展示会しますー』や、『着物を見に来てくだいー』では、誰も来てくれません。
ほとんど断られます。「着物着ないから」「着物はいっぱい持っているけど着ていくところがないから」「着物なんて今は誰も着ていないしね」「むしろ着物いらないから買い取ってくれる?」などの断り文句で大抵が断れます。
だから、着物を売ることを相手に意識させないように勧誘することが大事です。
「和装小物が100円均一になります」や「着物のクリーニングが半額です」とか、「ご来店するだけで粗品で高級お菓子プレゼントなので粗品もらいにだけ着てくだい」と言って勧誘をしていきます。
基本的に展示会の勧誘の仕方はこのパターンが絶対です。
そして来場されたらゴリゴリに着物を勧めていくのですが、それは後ほどお話しします。
電話の件数は販売スタッフ1人につき200件ほど名簿を持って、1週間ほどの期間で電話して行って、200件中150件くらい繋がれば、20人くらいは来てくれるかといった効率です。
だから130人に断られて、20人が来店してくれる感じです。正直これが嫌で呉服の営業を辞める人が多いです。
電話で断れて当たり前の営業に慣れない人が多いんですね。
私がいた会社では入社しても1年以内に辞めていく人が7割ぐらいでした。特にひどいのが新卒社員です。新卒社員は毎年10人くらい入ってくるのですが、半年たったら半分辞める、1年たったらまた半分、2年たったら1人しか残っていないまたは全員辞めているといった具合です。
これは外部の大きな会場(市民会館や、○○ホールなど)を貸し切って、近隣店舗(10店舗ぐらい)合同で行う販売会です。なので規模も大きくなるので、問屋さんも2、3社入って、参加する作家さんも5〜8ブランドくらい入るイベントになります。
勧誘対象のお客様はVIP客、お得意様を中心とした高額な着物を1度でも買ってくれたリピート客層がメインになります。粗品も店舗催事よりも高額なもの(7,000円〜2万円)を用意して勧誘します。
外部催事は店舗から多少距離があることも多いので、お客様にから非常に断れやすくなります。
だから電話ではほぼ来場予約を取ることは難しいため、直接会ってお客様の断りを潰しながら勧誘します。
方法としては納品や、着物クリーニングキャンペーンなどで店に呼んでからお誘いするパターン。または、納品でご自宅に持っていきますと言ってアポを取ってご自宅に訪問することや、アポをとる理由がない場合はお客様が在宅していそうな時間にいきなり訪問をするパターンです。
これも大事なことは、展示会を勧誘することをお客様に悟らせないように来店や訪問のアポを取ることです。とにかく着物の展示会は断られるので、しっかりお客様とお会いして、世間話をして、ちょっと和んでから、「あ!そう言えば○○様にお話ししたいことがあったんです」をわざとらしく話を切り出せる状況を作ることが大事です。
上記した通り、店舗での展示会も外部会場の展示会も基本的にお客様には「一応着物の販売もあるけど、そんなの別に買わなくてもいいから、粗品だけもらいに来て、クリーニングだけ持ってきて」と言ったスタンスで誘っています。
そうして呼んだお客様へ販売をしていくわけです。だから催事の朝礼では、今日来場されるお客様の名簿を持って、担当スタッフと店長と、問屋さん、販売応援のアドバイザーを交えて1客ごとに入念な販売シミュレーションが行われます。
お客様の基本情報(年齢、家族構成、仕事、年収、今での購入履歴、好きな着物の色、柄、予測される断り文句、どんな言葉に弱い、どういう扱い方をされたがる、販売目標金額、ローンの支払い履歴など)を情報共有して、第1アタック商品、第2アタック商品を明確に決めて、どういう風に提案していくかということを打ち合わせします。
この辺は多分、お客様が知ったら、相当怖がられるかも・・・
そしてお客様が来店されたら、まずはお茶とお菓子を出して担当スタッフと世間話は15分〜30分くらいします。
ポイントは服装でもなんでもいいのでお客様を褒めちぎること。会話が温まってきたらサラッと催事の価値アップの話(今回は決算なので商品も1年で1番揃って、1番お得になるんですよなど)をして、「今日はお着物を買いに来られたわけでないのは分かっているんですけど、○○さんに見て欲しい着物が入ってきたので、これだけ見てって下さい!私あの着物を見てすごい感動しちゃって・・○○さんにもぜひ見て欲しいんです!今からご案内しますね!」と言った具合に半ば強引に誘導します。
ここでポイントなのが、あくまでこちらが全て誘導することです。お客様に合わせていたら、今日は着物を買うつもりじゃないのでと粗品だけ持って帰られます。仮にお客様から着物を見てくれても、お客様ペースに合わせていたら会場をぐるっと見て回って、そのまま帰られてしまいます。だからあくまでも、こちらのペースにお客様を合わせること、お客様が着物を選んだらダメなんです。こちらがお勧めするものをお客様に見てもらった気に入らせないといけない。このお客様主導ではなく、売り手主導の売り方が呉服販売が嫌われている理由かもしれません。
そして、作家さんのコーナーに誘導して連れていき、そこで作家さんと一緒になって着物を説明します。
まずお客様に着物を試着してもらいます。ある程度着物を見せて、この中だとどれが好きですか?と聞いて選んだものを「試しに当ててみて」と試着を誘導します。
ここでほとんどのお客様が買うつもりないからいいですと断りますが、
「当てたら買わないといけないわけじゃないから気軽に着物体験していって」
「作家さんはいつも工房でものづくりしているので、こういう展示会の時に実際にお客様が着物を羽織っている姿を見るのが次の作品作りの勉強になるの、だからモニターだと思って協力してください」
などというトークで着物を試着させます。
そして着物を試着できれば、そこに帯や、小物を当たり前のように持っていって、トータルコーディネートまで持っていきます。途中でお客様が脱ぎたいと言っても、
「もう少しで終わるから」、「トータルコーディネートまでしないとわからないし」と言って、意地でも脱がさず最後まで押し通します。
そしてコーディネートが完成したら、お客様がその気になるまで褒めちぎります。
いい感じになったところで着物を着た状態のまま、店長や問屋さんの責任者さんがきてクロージングを始めます。
値段も基本的には高めに付けているので、「今日は特別な展示会なので、普段なら160万のところを特別に80万で言っときます!」そしたら回りのスタッフ全員で「えーー!!そんなにーー!!すごいーー!これは買わないと損ですよー!』と言ってお客様を煽ります。
もちろんそれでもほとんどのお客様は断りますので、そのまま担当スタッフ、店長(または副店長)、問屋さん、作家さん、アドバイザーなど4、5人くらいで囲い込んで、そこから1時間〜2時間くらい粘ります。
基本的に着物は「後から考えて検討します」と言ったらまず売れません。着物って結局はいらないもの。あくまでも趣向品なので、その場でお客様に衝動買いをしてもらわないと売れませんので、まわりから見ると押し売りだろうと思われるくらいに囲い込んで、ゴリゴリにお勧めして、その場で決めて頂きます。
そうした売り方をするので、後からキャンセルも多くあります。
一番多い理由が「ご主人にバレたから、怒られたから」基本的に着物は「女性の衝動買い」によって商売が成り立っているので、男性が入ってくると99%は決まらない、後からキャンセルされるが多いです。
だからご老人の女性を狙っての販売も多いです。70代や80代の女性に売ることが多いです。お金を持っている、男性が優しくしたらお金を落としてくれるからです。しかし後から息子さんが出てきてキャンセルも多いですが・・。
あとは着物を買う人は買い物依存症になっている方も多いです。こっちも売りたいので着物を勧めてどんどん買ってもらうのですが、ローンが通らなくなっても、毎月お店にお金を持ってきてなどと言って売ります。
基本的にローンが通らないくらい買い物をしたお客様へは社会通念上売ってはいけないのですが、売上のためにはそのまま売り切る会社が多いです。だから呉服屋さんは売掛が多いところが多いです。ローンが通らなかったら、半年後くらいにローンをもう一度組んでと言って売上を上げるところが多いです。そうまでしないとなかなか着物を買ってくれる人は少ないので、ローンが通らないくらいで客を逃したくないんです。
でもそうして重ね売りをして言って、自己破産をして言ったお客様も多くみてきました。
自己破産するまで、客が潰れるまで突っ込んで販売してこそ、一人前の店長だと言われていた時もありました。
色々書いてきましたが、まあ世間一般からいうとブラックな売り方な部類だと思います。
でもこの業界で働いてきたから言えますが、そこまでしないと大きく売ることができない業界なんですね。
これは昔からそうです。バブルが崩壊してから着物の需要が減ってきたからではなく、バブル前に呉服が当たり前にお嫁入り道具などで売れていた時代でも、ブラックな売り方はあったんです。呉服が普段着から高級路線になった時からの歴史そのものがブラックなんです。
僕もそうですが、その中で働いてるスタッフは本当に一生懸命働いています。それが正しいと思って。
実際に着物を買って喜んでいるお客様もたくさんいます。仲の良いお客様もたくさんいます。でも、それ以上に着物を押し売りされたと消費者センターに行ったり、二度とお店に来なくなったお客様もいます。
着物は多くの女性に取って憧れのものです。着物を買って、優雅に着ることは女性の夢なんですね。
だから着物はこれからも絶対に無くらならないし、ある程度は売れ続けるものだと思います。
しかし、大きな売上目標を持って、社員に大きな売上ノルマをかせて、そのためにどんな手段を使ってでも着物を売るという概念があることで着物離れを起こしている事実があると思います。
呉服業界は、もう着物の市場規模を無理矢理広げて大きく売上を作るのではなく、市場規模を狭めてその中で『女性の憧れ』という絶対的なポジションを作って、本当に必要としている人だけに売っていくという流れにしていくべきでないのかと僕は思います。